三歩進んで二歩下がる

日々感じた事の言葉日記です。

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高い山

高い山

あの山を始めて知った時、
あの山に始めて登ろうと思った時、
こんなにも高いものとは思わなかった。

写真で見たあの山は、
自分の夢で思い描いたあの山は、
ただただキレイで、美しかった。

その麓に立ってみると、
そして少し登り始めてみると、
山は、実に現実的で恐ろしいものだった。

厳しい寒さに、身も心も凍り、
降りかかる山のいじめに、体はひどく痛み、
一つまた一つと、自分を見失っていった。

見上げれば、頂は遥か彼方に、
振り返れば、下界は感じたことのない美しさで、
足は、半分ほど雪に埋もれ、そこに立ち尽くすのだった。

今はまた一歩一歩と、希望に満ち溢れた瞳と共に足を進めている。
山の頂を極める事に意味を求めず、まずは目の前の小さな頂目指して。
背負った酸素ボンベを切らすまではと。
この足が動かなくなるまではと。


ryo


先週、ノーベル物理学賞が素粒子の世界に送られました。
私の知る大先生たちはようやくしてその成果を認められ、栄誉に輝いたのです。

周囲から常にノーベル賞の話を持ち出されていた本人たちにしてみれば、
ようやくその呪縛から解放されたという安堵感のようなものもあったのではないでしょうか。

素粒子の世界は、過去百人近いノーベル賞者を輩出しているはずですが、
今回受賞された3人はその人々の功績に軽く並ぶはずの方ですし、
南部先生においては二つ栄誉があってもおかしくないほどです。

シカゴにいた頃、小林先生とは二度ほど食事をご一緒させていただいた事を思い出します。
私は隣の席に座らせていただき、今の実験の苦労を話させていただきました。
本当に聞いているのかなぁ・・・と不安になる感じではありましたが(笑)


大型の実験設備に囲まれ、一見華やかに見える素粒子物理の実験でしたが、
大発見が続いた数十年前に比べ、楽しく興奮を覚えるものではなく・・
研究自体が本当に存続していくのかという不安に皆が苛まれていました。

このまま行くと、素粒子実験はあと10年で消滅すると・・・
若手の研究者は皆が既定事実のように認識しておりました。

縮小されていく素粒子物理の研究室のパイを、多くの研究者が争うものの、
もらえる仕事というのは泥臭く肉体を酷使し続ける事の連続でありました。

出てくる結果も地味なものばかり・・それ故に、周りを見渡してもリタイアする研究者は多く、
莫大な金が注がれる中、自分たちは何のための研究をしているのか?
この疑問と向き合う事がとても辛かった事を思い出します。
果たしてこの基礎研究は世の中のためになっているのだろうか・・・?

栄えある素粒子物理学を自分が行っていることのプライドが、
いつしか十字架となって重く背にのしかかっているようでした。


「高い山」は、学生の頃に書いたもので、
そんなもがき苦しんでいた頃の心中を綴ったものです。

山に登る人たちも、始めはこんな事を考えたのではないか・・・
そのうち諦めがついてくるのか・・・と。


そんな素粒子の世界は、今回のノーベル賞で明るく輝くことでしょう。
素粒子の研究者は、皆が皆、ノーベル賞を目指し頑張っています。
そうした希望がある事が、自分たちの推進力であるわけですから。
明日の大発見を夢見て・・・一歩一歩と。

そんな3年前の事を思い出していると・・・
今回の受賞は本当に嬉しく、また新たな希望になるのではないかと願っております。

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